発足55周年を迎えた伊豆高原親和会

伊豆半島に下田までの鉄道が開通したのは昭和36年(1961年)12月9日、伊豆急行電鉄株式会社によってであった。
昭和11年に国立公園に指定された富士箱根国立公園だが、昭和30年3月15日、伊豆半島地域が編入され、名称も富士箱根伊豆国立公園となり、伊東市も国立公園内の地域となった。国立公園化と伊豆急の開通により、伊豆半島の東海岸地域では昭和30年代後半に別荘地開発が急速に進展し、伊豆高原はその中心的な地域となった。
伊豆高原親和会は、昭和40年(1965年)4月1日に、個人の所有者と会社保養寮及び伊豆急行の三者の手によって発足している。結成時の「伊豆高原親和会要領」という文書によれば、会員は、伊豆急が分譲した伊豆高原別荘地の土地・建物所有者と伊豆急行電鉄とされている。当時の会費は、個人の土地建物所有者で広さの関係なく11,000円であったが、現在の貨幣価値で言えばどう見ても10万円はくだらない。そういうことからも推察されるように、親和会は強いオーナー意識で結ばれた会であったようだ。当初の規約によると、会が実施する業務は、環境整備、会員相互の親睦を図る業務、別荘地に必要な諸施設の計画や設置の推進、などであった。その後の規約改定で、伊豆急行(株)が会員から外れ、伊豆急別荘地の親和会地域内の土地及び土地建物所有者が必ず会員になることを維持したうえで、所有している限りは任意に脱退することはできないことが明確にされ、現在に至っている。

その後、分譲地が拡大し、また伊豆に住みたいという会員が定住するようになり、今では会員数2,832、うち個人の土地建物所有会員は2,608と随分大きな組織になっている。定住者も増え、個人の土地建物所有者の4割近くにのぼっている。分譲が始まってから長い年月が経過し、また組織も大きくなるにつれ、親和会の業務内容も拡大している。ゴミ処理関連業務、道路や浸透池の維持管理、防犯灯の設置管理、空き家や空き地対策、樹木管理に関するや対応、会員相互の親睦活動の支援、自主防災活動、等の業務が増え、これに応じて事務所の業務も増加してきている。
伊豆高原周辺には、世界ジオパークに認定されている地域として貴重な自然に富み、歴史的な遺跡も含めてゆったり散策する場所も多く、また多様な地元の食材を味わい、豊かな温泉を楽しめるところが多い。
今後は、伊豆に住み、また伊豆を終の棲家として選んでいただけるような環境整備に、伊東市とともに取り組んでいくことが親和会の重要な課題になっている。